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ちょい残し

私は、食べ物を残すことができません。その理由は大食いだからというのではなくて、食べ物を残すが生理的に好きではないからです。

仲間と山に入った時、朝ゴハンをうっかり作りすぎてしまったことがありました。「山でゴハンを残すなんて、ありえなーい!」とがんばって食べるのですが、なかなか完食できない。そのうちに、仲間の一人がご馳走様をしてしまいました。残された二人でひーひー言いながらなんとか完食したのですが、その後ずーっ気持ち悪い満腹感を引きずってしまいました。

昼時になっても満腹で、「お昼まだ入らないよねー。」なんて話をしてると、いち早くご馳走様をした彼女は「私は腹8部目で丁度だったから、いい感じにお腹が減ってるよ」と言うではありませんか!

「なにー?!君のご馳走さまはギブアップではなくて、丁度いい加減でのご馳走さまだったのかー!人が苦労して食べてるのを見ながらそれができるとは・・・!!!なぜ、私は腹15部食べて、君は腹8部なんだ!せめて残り2部くらい協力してくれてもいいじゃないか~っ!」・・・と少し理不尽なキブンになりました。


でも、彼女は悪くありません。なぜなら、彼女の中には「残飯として、持ち出す」という選択肢が当然あったはずだからです。それが私の中にはなかっただけのことなのです。「残せない」のは、私の性分。「苦しくっても、食べぬく」を選んだのは、私自信なのです。


この「残せる」「残せない」性分は、幼少時に「残さず食べなさい」、「無理して食べなくていい」のどちらを言われて育ったかの違いだと、私は勝手に分析しています。

私は、ばっちり前者です。戦争経験者のばーちゃんから、しょっちゅう「食べ物があるんが、どれだけありがたいことか。それを残すなんて、バチがあたる」と聞かされて育ちました。小学校の先生も、給食の食べ残しに厳しい先生ばかりでした。(フライに混じっているむっちゃ小さなエビを、ほじくりだしてこっそりビニール袋に捨てているのが見つかったC君は、泣きながら大嫌いなエビを食べさせられていました。)


私にとって、「残すこと=ちょっと罪悪感」なのです。




そんなワタクシですが、家でごはんを食べる時だけ妙なくせがあります。


それが、「ちょい残し」。


かなり無意識にやってしまいます。ごはんを0.2合、ちょい残し。味噌汁半杯、ちょい残し。サバ節しっぽのとこだけ、ちょい残し。で、洗い物に立った、ダンナ様ことウォーリー君に台所で「また、微妙に残してる~」と言われるのです。

今日の晩御飯は「タコライス」(蛸ライスじゃなくって、タコス&ライスねっ)だったのですが、やっぱり全ての具を「ちょい残し」ました。ウォーリー君は、「ああっ、また一口ずつ残ってる。これ、もしかして明日の弁当に入るのかな?」となかなか鋭いことを言ってました。

この「ちょい残し」のくせを、「全部綺麗に食べたら、食いしん坊なのがばれるから、それをごまかそうとしているんだと思う」と、自己分析したら、ウォーリー君は「そんなの残さなくっても大食いなのはバレてるから、それはない」と、あっさり却下。(自分の家で大食い隠す必要もないから、そりゃそうか)

彼曰く、「食べ物が少し残っているというのが、安心するんじゃないか」だそうな。


なるほど~。
「いつでもおかわりできる、安心感」ねっ。


なんて妙に納得してると、台所の片隅に一口分だけ残った昨日のカレーが、鍋の中で腐っていました。


・・・・ばーちゃんの教育が、生かされてない新妻です・・・。



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2007-08-15 : ひとりごと : コメント : 1 : トラックバック : 0 :
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2007-08-17 15:44 : : 編集
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